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懐かしの先生情報

2015年

経営学部青木葵教授

退職するにあたって

チャンスを頂き、伝統ある東邦学園で「教育」と「研究活動」に7年間チャレンジ&アドベンチャーしてきました。民間の企業で40年近く、マーケティング戦略や各種マネジメントにたずさわり、高度経済成長期からバブル崩壊、時代再編成など、山あり谷ありの時代を企業人として実感してきました。中でも人材育成の課題では先輩諸氏から異口同音に発せられた言葉は「信頼して仕事を任せうる人材をいかにして育成し、自ら考え、自ら成長する」という課題でした。この課題に取り組む中で、試行錯誤の結果、得たものは、「企業は人で始まり、人で終わる」ということでした。
具体的には、究極の企業戦略は「ホスピタリティー=親切」と思います。仕事の目的は"お客さまの喜びと満足を得る"ことです。自ら考え、自分たちのために自らが学び実践することでありました。仕事は、自らがプラン作成から参加し、自分で判断して実行します。結果として、それは人間関係やチーム力、会社力につながっていきます。
人を信じ、仕事を任せると、自ら考え、創意工夫します。そして、時間を問わず努力するようになります。人は一生懸命になると自分で考えて、自分で判断して、実行するときが一番うれしい過程で確実に人は成長します。日ごろの仕事を通じて自ら成長し、その成長力が会社の成長につながります。人の成長が会社を成長させます。
私は、学園創設者の下出民義先生の建学精神『真に信頼して事を任せうる人材の育成』を基に『真面目』で社会から歓迎される人材づくりについてゼミ活動を通して学生と一緒に取り組んできました。学生たちは自ら考え、人間らしく自分流のこだわりを持って成長し続けてくれました。その努力の結果、90年以上の歴史を持つ学園の先輩に続けと、日本を背負って、社会に役立ってくれる素晴らしい学生たちが巣立っていきました。「好人一生平安」の言葉を贈ります。学生の皆さんにありがとう。

経営学部井上秀次郎教授

退職するにあたって

私は2001年の東邦学園大学経営学部設立と同時に本学に赴任いたしました。
赴任当初は学部執行部や翌年設置された地域ビジネス研究所の運営、学生生活委員会などに参加し活動してきました。当初は大学の立ち上げなどわからないことなど、苦労したこともありましたが、何とか教職員の皆様とともに他大学に負けないように頑張ってきました。そうしたこともあって、大学は、愛知東邦大学への名称変更、研究所の地域創造研究所への名称変更、人間学部や教育学部の増設などができるところまで発展してきました。さらに新設備ラーニング・コモンズの建設で、教育環境も一段と改善されてきました。私は当初、教育研究環境にも恵まれフレンズ・TOHOの出版助成金で単著の発刊もできました。理事長、学長、学部長の先生をはじめ教職員の皆様のおかげで楽しく働くことができました。これからも学園のますますの発展と皆様方の健康を祈念して退職の言葉とさせていただきます。
ありがとうございました。

経営学部御園慎一郎教授

退職するにあたって

2010年4月から5年間この平和が丘の学びの丘で暮らさせていただきました。その間にそれまでの人生では得ることのなかった新鮮な体験をすることができましたし、いろいろな学びをさせてもらってたくさんの思い出を作ることができました。
特に、東日本大震災という未曾有の災害を契機に始める事となった「減災研究会」を名古屋市の消防局、名古屋大学減災連携研究センターをはじめとして関係するみなさんとのネットワークを広げてゆく中で4年間継続できたことは私にとっても大きな財産となりました。
このことをはじめ様々な面で先生方や職員の皆さんに支えていただいたことは感謝してもしつくすことはできません。ありがとうございました。
これからはサポーターの一人として貴学の成長発展を見守って行かせていただこうと思っています。
「皆様、本当にお世話になりました。」