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懐かしの先生情報

FOR YOU TALK | INTERVIEW 09 何か一つの事を全力投球してやってほしい

小津 昭司 先生

1990年3月の邦友会誌 Vol.14に掲載された「FOR YOU TALK」記事より

第2回目は、税務会計でおなじみの小津昭司先生をお迎えした豊美と早苗のHOYU TALKです。
みなさんは、小津先生にどんなイメージをおもちですか?
講義からは考えられない小津先生の意外な素顔を引き出したいと思い、私たちは張り切って待ち合わせの名鉄グランドホテルロビーへ向かい、対談はホテル内スカイラウンジへ場所を移して行いました。

プロフィール

小津 昭司 先生

先生は昭和12年3月生まれ。愛知大学卒業後、愛知県庁に就職。
しかし勉学の夢は捨てきれず、昭和39年愛大で夜間非常勤務講師として授業を担当。昭和41年東邦短大に就職されました。

高校時代の思い出は?

「東邦学園との出会いです」
松蔭高校時代は弁論部に所属し、その関係で週4日位は東邦高校に行っていました。
鎌倉学園で行われた高校生活最後の全国大会で優勝し、一週間後の東邦高校弁論大会にも出場しました。その時、故下出貞雄理事長より、「就職するより、どんな苦労をしても大学へ行きなさい」と言われ、その時愛大講師で審査員だった黒木三郎先生との出会いで愛知大学へ行きました。

大学時代の思い出は?

大学はお金がなくて行った学校なので、アルバイトと自分の勉強の両方でした。
特にアルバイトは、家庭教師・塾・そろばんなどたくさんやりました。最盛期は塾を三ヶ所も持ち、生徒数も500~600人いたかな…そのおかげで、在学中に自分の家を一軒建てました。うちの学生に話しても信用しないけどね。
自分の子供たちは一切アルバイトをしてないんじゃないかな?もしやるなら本気でやって欲しいし、できないのなら勉強を本気でやって欲しいですよ。
ですから、大学時代の思い出は徹底的にやったアルバイトと勉強です。

短大勤務のきっかけは?

愛大の方から非常勤務講師として招かれて、初めて教壇に立ったとき先生になってみたいと思い始めました。
そんなとき東邦短大の話があり、故坂倉先生、故隈山先生をはじめ高校時代の友人が東邦短大に就職する斡旋をしてくれました。
昭和41年に愛知県庁を辞め、短大に就職する間、愛大の博士過程にも行きました。東邦短大に来て24年が経ったわけです。

今の学生・昔の学生

今の学生の学力平均は高い。だが昔の学生は意欲だけは充分あった。
昔の学生はつかまえてしぼれば、勉強はしたよ。年に5~6回も合宿してしぼったね。能力は低いけれど何回もやればついてきた。
その当時の諸君は税法を勉強して国家試験や税理士試験に合格して税理士の資格を持って仕事をしていますよ。最近、大学紛争の時の仲間(税務会計)が全員集まったけど、あの時の連中はみんなイキイキしているね。個性的だし。それにひきかえ今の学生はほどほどに適当にやりますね。
昔はといえば今とは反対で女子学生が少なかったので女子学生割引制度というのがあったんだよ。今では男子学生の割引制度があってもいいね。(笑)
昔は今の2号館があっただけで、3号館は造ったけどお金がなくて机や腰掛が全講義室に足りず、地下の部分は何もなかったんだよ。ある年の雪の日に研究室から外を見ると、運動場(現:高校運動場)が一面真っ白だった。それがいきなり“ザー”と黒くなって、野ウサギが何百羽と走っていったんだよ。今の学生に言っても誰も信用しないけどね。

家族の話

女房は高校の後輩で、子供は娘と息子の2人です。
娘は現在、広島経済大学の専任講師をしています。長男は弁護士になりたいといって今、中央大学で刑事法を学んでいます。ちょっと刑事法でもずれた所を学んで欲しいと思っています。
長男は変わった男でね、高校を辞めてアメリカへ行ったから、英語だけは出来るよ。僕はブレークダンスしかやってこなかったと思っているけどね。そして日本に戻ってきて大検を受け、今中央大学の1年生です。

自分の夢

男子を集めるためにもうちの学校を四年生大学にしたらいいと思う。
昼間は短大、夜間は四大にして単位は互換性どちらで取っても良く交流できるようにする。良いアイデアだろ。短大を卒業して勉強したい人は、夜間に通うわけだ。短大は64単位だからあと残りを大学で習得すればいい。2年間短大に通える家庭は4年間通えるのですよ。お金の問題でいえば東邦の授業料に少しプラスすれば四大に行けるわけです。それと今女性の場合、結婚適齢期が段々と伸びてきていますからね…。
これから、短大の数は段々減ってきますよ。有名な私立学校は短大を廃止して四大にしています。やはり、短大2年間は短いです。

メッセージ

弁論部の先生がはなむけの言葉として、ニーチェの言葉で「ここを掘れ、されば泉はわかん」
自分の正しいと信じた事を一つ一つコツコツやっていけば、必ず功績として残るだろう。何か一つの事を全力投球してやって欲しいです。

取材を終えて

対談を終えての感想は先生の笑い声で緊張の糸もほどけ気楽に楽しく対談できました。そして、先生の素顔をも見る事ができました。
また、これからの東邦短大について色々お話できたことは本当によかったと思います。先生の夢が実現すれば卒業生も再入学する人が数多く現れると思います。
先生、雨が降っている中私たちのために朝早くから時間をさいていただきましてありがとうございました。

(担当:神谷・柴田・石川)