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あの人、この人 | INTERVIEW 06 みんなとてもいきいきとしていて、本当に楽しかった。

短大6回生 堀尾俊一さん 接骨院 かいづほねつぎ

邦友会誌 Vol.14(1990.3)に掲載された記事より

【診療時間】

午前9時から午後12時、午後3時から午後8時

【休診日】

日曜日、祝祭日の午後

岐阜県御千代保稲荷の近くにある海津町で接骨院を開業している短大6回生の堀尾俊一さんを訪ねてみました。当日は治療もしてもらえるということでインタビュアーが5人もおしかけてしまいました。

仕事に就くいきさつは?

短大6回生 堀尾俊一さん

一宮の叔父が接骨院をやっていて、しょっちゅう遊びに行っていたら『お前もやってみろ』と言われて、高校を卒業して昼間は東邦短大、夜間はほねつぎの学校(中部柔整専門学院)で2年間勉強しました。ほねつぎの学校では6時から10時まで整形学・病理学・解剖生理学・衛生学等の講義を受けました。とてもハードでほとんど毎日最終電車で帰っていましたね。

東邦短大に入ったきっかけは?

夜間はほねつぎの学校に行くことに決めていましたが、昼間は高校3年生になるまで決めていなかったんですよ…。まだ赤萩にあった東邦高校に通っていましたが、担当の先生が『東邦短大なら推薦してやるから』と言ってくれたのがきっかけです。

短大時代の思い出は?

今と違って交通の便が悪くてね。本山からスクールバスが出ていましたが、雨の日に乗り遅れると平和公園の道はグチャグチャで、反対に晴れた日は砂ぼこりがすごくてその中をよく歩いたものです。学校からの景色は、北には金城、東には猿投山が見えました。私たちの頃は男子学生が大変多かったので他の大学に行ったり、今は短大の周りにたくさん喫茶店がありますが、あの頃は車で10分ぐらい走らないと何もありませんでしたから、よく車で出掛けて行きました。 原先生には悪いけど講義には全然出ていなかったような気がしますね。
今のスチューデントホールの横にクラブハウスがあって、部室で麻雀や花札などをよくやりました。私たちの時は学園紛争があった時で、デモに行く友達に誘われて行った事もありますよ…もう20年も前の話だね…(笑)
日頃あまり講義に出ていない人が試験の時だけいて、アレッあんな人がいたかな?と思ったこともあります。だから、2年間は結構忙しかったけれど、本当に楽しかった。みんなとてもいきいきとしていたし、色々なタイプの学生がいましたね。

学生時代の友達とのお付き合いは?

ケーキ屋をしている友人がいて、冷やかしに行ったつもりが逆にケーキを買わされてしまいました。笑…みんなバラバラになってしまったからね。5年に1回の総会の時には、久しぶりに顔を合わす友人がいたりして、『お前生きていたか…』と冗談を言ったりして…自分が名古屋から離れてしまったので、短大時代の友人とも、なかなか会えなくなってしまいました。

海津で接骨院を開業することになったのは?

短大6回生 堀尾俊一さん

ほねつぎの学校を卒業後、美濃加茂で2年間実習しました。そこでは大変でした。6時から夜の12時頃まで実習があり、その合間に掃除や洗濯までやったものでした。同じところでは技術が向上しないと考え、岐阜の北方の接骨院に7年間勤めました。自分の病院を持つために色々と場所を探していたところ、ある人が海津にいい所があるよと教えてくれて海津に開業し、現在にいたっていますが、下積み期間が大変長く、実習期間の休みは、お正月の2日ぐらいで日曜日の休みも病院に待機していましたね。

取材を終えて

東邦短大卒業後の仕事としては、考えられない職業に就いている人は、学生時代に自分の意志を貫くために大変な苦労をして勉強をした結果だなと思いました。取材に行った私たち全員が治療をしてもらいましたが、体がリフレッシュされ全員元気になって帰ってきました。日頃におきやすい捻挫・肩こり・筋ちがい・腹痛なども治療していますから、お近くの人は是非出掛けてください。

(担当、石川・伊藤・加藤・高木・神谷)