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あの人、この人 | INTERVIEW 16今日できることを自分の思う通りにやれば、後で振り返っても後悔はしないと思います。

グラフィックデザイナー
グラフィックデザイン展’一枚のトリガー’
協賛:(株)竹尾、(株)プロセスセンター、セントラル画材(株)、(株)セントラルパーク、遠山工芸(株)、凸版印刷(株)

邦友会誌 Vol.20(1993.3)に掲載された記事より
グラフィックデザイナー

昨年10月に、東桜のスペースプリズム・デザイナーズギャラリーに於いて、デザインコースOB10人によるグラフィックデザイン展が開かれました。
このデザイン展は"一枚のトリガー"というテーマで、岡本滋夫先生(元東邦短大教授)を中心とした庄田嘉宏さん(短大3回生)原正さん(短大3回生)服部行晴さん(短大3回生)山内瞬葉さん(短大4回生)小谷恭二さん(短大4回生)新家春二さん(短大4回生)森貞人さん(短大5回生)鈴木勝さん(短大5回生)土屋昌義さん(短大6回生)與語秀樹さん(短大12回生)以上の方々によって開催され、マネージャーには短大13回生の杉山太佳子さん(アグニスタジオ)、協賛の中には短大9回生の上田正美さん((株)プロセスセンター)短大5回生の玉置宏さん(遠山工芸(株))など協力された方々の中にも卒業生の顔が見られました。
今回は、そのデザイナーズギャラリーにお邪魔して、原さん、服部さん、山内さん、小谷さん、新家さん、土屋さんにお話を伺いました。

トリガーの仲間

グラフィックデザイナー
20数年前、私がデザイナーとして初めて教育の仕事に携わり出会った素敵な仲間たちです。現在、グラフィックデザイナーとして中部のデザイン界で大きな影響力を持つ存在になってしまいました。
作品はもとより、ゴルフでも私の最大のライバルです。勝手に考えてみれば、彼等こそ私にとって生涯最高の作品なのかもしれない…。

岡本滋夫

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Q東邦短大に入ろうと思ったきっかけは?

  • 服部
  • 僕は工業高校の機械科に行ってたんだけど、このまま就職しても自分には機械関係は合わないんじゃないかなと思っていたんだ。ちょうど2年の終わり頃、学校に東邦短大デザイン科の一回生募集のポスターが貼ってあってね。そのポスターを見てどうしても東邦短大に行きたいと思って入った。その結果、岡本先生に知り合えて今に至るってところかな。
  • 高校の頃から絵が好きだったから、そういう道に入ろうと思っていたんだ。県立芸大を目指して絵の勉強をしていたんだけど落ちてネ。高校から東邦に行っていたこともあったし、芸大で下の方にいるよりは東邦で、できれば上の方で勉強した方がいいかなと思って行ったんだ。僕も岡本先生のことは知らなかったんだヨ。
  • 新家
  • 中学の頃から陸上をやっていてネ。高校の時、三河の大会では上位にいたんだけど、県体に出たら35位くらいだったんだ。これではやっていけないと思ってネ。同時期に文化部でデッサンを描いていたんで、いっそのことそういう道に進もうと東邦短大に入ったんだ。入試の時に学校から作品を持って来て欲しいと言われて、以前作った彫刻を持って行ったんだ。それが岡本先生との出会いだった。
  • 小谷
  • 僕も東邦高校で美術部に入っていたんだ。僕も県芸を落ちてネ。でも、その頃はただ絵が好きだったのと、上の学校だから試験を受けなくても行けると思っただけで、どうしてもデザインをやるという気持ちは特になかったよ。それに東邦には秘書コースがあるからいいかなと思った。(笑)その頃他には造形短大ぐらいしかなかったから優秀な人はみんな東邦に入ったんだヨ。
  • 土屋
  • 僕は静岡の生まれでね。中学の時から美術部で高校はデザイン科に行きたかった。でもレベルが高すぎたんであきらめて普通科に行ったんだ。それからも絵が好きだったから油絵を描いていたんだけど、3年の時、たまたま岡本先生の作られた東邦短大のパンフレットをゴミ箱の中で見つけてネ。他の学校も調べたんだけど一番学費も安かったし、自分のお金で行けるだろうと思って東邦に入ったんだ。
  • 山内
  • 高校時代にいつも読んでいた雑誌のイラストや絵を見てイラストレーターやデザイナーに興味を持ったんだ。それまではイラストレーターが何なのか全然知らなかったよ。実を言うと僕は坊主の息子でね。 次男なんだけどどうしても家の仕事をやりたくなかったんだ。ちょうど進路を決める時期に他の学校の入学案内が届いたんだけど、親の勧める学校に行って坊主をやらされたら大変だからね。それで自分で探して東邦短大に決めたんだ。学校に行けばデザイナーなれると思って入ったけど、卒業したくらいでデザイナーになれるものじゃないと言われてすごく不安になったよ。
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Q岡本先生の第一印象は?

  • 服部
  • めちゃくちゃカッコよかった。授業以外でもいろんな話を聞かせてくれたし、作品もたくさん見せてくれたよ。この人から何かを盗めば何とかなると思った。就職した時先輩に「一番尊敬しているデザイナーは誰だ?」って聞かれたんだけど、僕は「岡本先生しか知らない」と言い張ってネ。先生は作品だけでなく、身なりとかもすごくよかったよ。
  • 山内
  • 髪の長い人だなっていうのが第一印象かな。入学式の時にズボンの裾が細くなったコーデュロイのスーツにブルーのボタンダウンを着ていたんだ。デザインの先生はこういう風なんだと思ったよ。
  • 新家
  • 若い先生だなと思った。
  • 僕も。25歳くらいにしか見えなかったよな。
  • 土屋
  • ただカッコイイな。こういう人がデザイナーっていうんだと思った。でも岡本先生の授業は少なかったから僕には村瀬先生の方が身近な人だったね。
  • 小谷
  • 印象度は村瀬先生の方が大きいよ。顔も格好も。(笑)

Q学生時代の思い出は?

  • 服部
  • もともと美術をやっていたわけじゃなく、デッサンや絵の具を使ったりすることへの憧れで入ったに近かったんだ。同級生にはデッサンがすごく上手な人やデザインの構成ができる人がいて、自分は今からス タートしてまともに卒業できないんじゃないかなと不安だった。平和公園のベンチに寝転んで、辞めようかな?なんて考えたこともあったね。そうしながらも、何かを見つけてやろうと思っているうちに2年間が過ぎた。作品創りが大変だったことよりも、辞めようかと悩んでいた思い出の方が大きいネ。
  • 山内
  • 周りの人の作品を見ては“すごいな”と思っていた。2年の時に岡本先生の授業の課題で喫茶店のロゴやマークを創るというのがあったんだけど、僕はロゴしか出してなくてね。未だにやらなきゃいけないかなと思っているよ。一番初めの春というテーマの時に僕は何を創ればいいのか全然分からなかったんだ。その頃、学校の地下に先輩たちが作ったB3のパネルがいっぱい並ん でいてね。その中にアゲハチョウを虫めがねでクローズアップして描いてある作品があったんだ。すごくきれいな絵でこういう風に創ればいいんだなと思った。最近になって分かったんだけどそれは原さんの作品だったんだよ。
  • 小谷
  • 真剣に授業を受けた記憶はないな。ボーリングや喫茶店に行ったりマージャンをやったりしてて作品なんかも、1つか2つあんなのがあったなという程度だよ。
  • 3年間で作ったB全の作品は30枚を軽く越えているから月に一枚は必ず描いていたんだよね。
  • 新家
  • 山内とは随分前から付き合っているんだよ。入学式の日に学校で買った紺のジャケットを着て、猫ヶ洞通りのバス停でバスを待っていたら瞬葉の方から「東邦短大の入学式に行くんですか?」と話しかけられたのが始まりだったんだよな。
  • 山内
  • 僕は覚えてない…。
  • 新家
  • 山内は僕にとって妙に気になる人間だったんだ。タイプライターの授業で、先生が黒板に書くアルファベットをタイプで打つという時間があったんだけど、その時隣でカチャカチャとうるさい奴がいたんだ。それが山内だったんだ。ものすごく早いなと思って見たら同じ字だけを打っていたんだ。変わった奴だと思ったよ。(笑)でもその文字だけで絵を描いたりして、そういうアイデアは前からあったみたいだね。
  • 土屋
  • 入学してすぐ展覧会が岐阜であったんだけど、めちゃくちゃ上手い人が4・5人いたんだ。これはとんでもない所に来たと思ったよ。親に反対されながらもデザインの道に入ったから何が何でもやろうと言う気持ちはあったけどね。
  • 全員
  • B全のパネルを持って歩くのはすごく大変だったけど、ほのかなステイタスもあったね。今みたいなバッグなんてなくて、パネルの2本の桟に釘を打ってひもをわたして2枚ずつ脇にかかえて歩いたんだ。本当、大変だった。

Q作品を創る時のこだわりは?

  • 山内
  • デザイナーである、ということだね。
  • 新家
  • 知らずにそうなってしまっているかも知れないけれど、特にこだわりは持ってないよ。自分の好きなものを描いているだけだよ。

Q東京に行かずに名古屋で仕事をされている理由は?

  • 新家
  • 広告代理店の人や周りの人からも東京に行くんですかと聞かれたことはあるけれど、東京にいても名古屋にいても、どこでも仕事はできると思っているよ。
  • 服部
  • 岡本先生からデザインを教えてもらうのと同時に東京に行ってやるからいいんじゃなくて、名古屋にいて東京の人たちと同じ様に仕事が出来るということの方が大事だということ、名古屋でやって東京の人たちに認めてもらえばいいということも教えてもらったんだ。だから、名古屋にいてがんばろうと思った。
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Q今回お話を伺った6人の方々と、残念ながらお会いできなかった4人の方々より、同窓生の皆さんにメッセージを頂きました。

  • 服部
  • デザインコースがなくなって何年か経つけど、東邦短大を出てデザインの世界で仕事をやりながら、こうしてみんなで岡本先生を中心に展覧会を開けたことを幸せに思います。ありがとうございました。
  • 新家
  • 今、ここではデザイン界にいる者の話しかできないんだけど僕自身は、こうしてデザイン界でやってこられたことをよかったなと思っています。多分みなさんの中には、他の業界に移った人もいるかも知れないけれど、同じように苦労していい目標を持ってがんばっているんじゃないかなと思っています。
  • 土屋
  • 個人の生活環境によって、いろいろ制約があると思うけどそれをクリアしてマイペースでやって欲しい。
  • 鈴木
  • 暮し方とか、感性とか、価値観とか、時としてモノはヒトを映し出すメディアに、そしてヒトを語るメッセージになるとしたら。そう考えると、モノ造りが面白くなると思いませんか。モノを通じて、私たちは自分自身を主張しています。ほんとうに気に入ったモノは、いきいきと、彩ってくれるものです。そんな質の良いモノを、ぜひ、見つけてください。
  • 元気ですか?たまに「東邦短大の卒業生です」って声をかけられる、それだけで意志の疎通ができてしまう。やっぱり仲間だなと思ってしまいます。どっかでまた、会いましょう。
  • 與語
  • 岡本先生の言葉の引用になってしまいますが、「人間性を磨くパワーを維持させましょう!」
  • 広田
  • 45、過ぎた。少しだけど身の回りが見えるようになってきた。仕事を通じ友人も増えた。趣味も遊びも忙しくなった。 「自分の人生の演出にメリハリを…」
  • 皆さん、がんばってください。
  • 山内
  • 自分たちにとって岡本先生に出会えたということは、すごく大きなことです。そして、その先生が自分たちの憧れのポジションにずっといるということは自分たちにとっても大きな力になっています。皆さんもそういう人に出会って欲しいと思います。僕たちは東邦短大でそういう人に出会えたことをよかったと思っています。デザイン科はなくなったけど、デザインの世界と他の世界は決して別ではないから、デザイン科を出てなかったとしてもデザインに興味があればデザインの世界にこれる。むしろ、そういう人たちを待っているのかも知れないな。だから、どんどん来て欲しいですね。
  • 小谷
  • どんな道に進んでも、今日できることを自分の思う通りにやれば、後で振り返っても後悔はしないと思います。この先ちょっとしたきっかけでどんな風になるか分からないから、毎日毎日自分の悔いのないようがんばっていけばなんとかなるんじゃないかな。
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取材を終えて

初めてのデザイン展、そして初めてお目にかかるデザイナーの方々とあって、心臓が口から飛び出しそうなくらい緊張してしまいました。でも皆さんとても気さくな方ばかりで、時々見せる無邪気で少年の様な笑顔は、私たちの緊張感を和ませてくれました。個性的でとても素顔な皆さんですが、共通する所がひとつありました。それは…耳が大きい!!もしかしたら、それがデザイナーの必須なのかも。最後に、今回御協力して頂いた皆様本当にありがとうございました。

(担当 佐藤・仲・石田)

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